ともにオレンジの服を着せられ、イスラム国の処刑人の前で座らされています。でも、この2人の経歴は明らかに違います。
後藤さんはジャーナリスト、湯川さんは民間軍事会社代表という肩書きで紹介されています。
今回は後藤健二さん(写真)に注目して、紹介します。
まず、次の本のタイトルをご覧ください。
・『ようこそボクらの学校へ』NHK出版(2003)
・ 『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』汐文社(2005)
・ 『エイズの村に生まれて 命をつなぐ16歳の母・ナターシャ』汐文社(2007)
・ 『ルワンダの祈り 内戦を生きのびた家族の物語』汐文社(2008)
・ 『もしも学校に行けたらアフガニスタンの少女・マリアムの物語』汐文社(2009)
これは、後藤健二さんの著作です。このタイトルを見てもわかるとおり、後藤さんの目は、戦地や紛争地域など、劣悪な環境で生きている子供たちに向いています。
彼の講演会でも、「戦争をするのは大人の事情で、子供は犠牲になっている。今の唯一の希望は子供たちです。私たちにできることは、彼らに手を差し伸べ続けることです。」と話しています。
後藤健二さんは、1967(昭和42)年、宮城県仙台市生まれの47歳です。
1990(平成2)年に、東京都大田区の日本基督教教団の田園調布教会で洗礼を受け、キリスト教徒になっています。
1991(平成3)年に法政大学を卒業し、テレビ制作会社に入社しています。
その後、「インディペンデンス・プレス」という紛争地帯の映像記録を行う会社を作り、英語が堪能で、度々、紛争地へ渡航し、映像や大学での講演、著作などを通じて広く実態を紹介しています。
『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』汐文社(2005)は、産経児童出版文化賞のフジテレビ特別賞を受賞しています。
NHKの「クローズアップ現代」やテレビ朝日の「報道ステーション」などにも出演しています。
2001年カブールでは、米軍の誤爆で自宅が破壊された10歳の少女が学校に行く様子を1年間にわたって取材し、少女が学校に行けなくなると、ユニセフの職員と一緒に、少女が学校に行けるように教師にかけあったりもしたそうです。
ここまで見てくると、後藤さん、いい人ですよね。イスラム国へも、先に拉致された湯川遥菜さんを救出するために、危険を承知で入っていったそうです。
最後に、1月23日に東京の外国人記者クラブで記者会見を行った、後藤さんのお母さん・石堂順子さん(78歳・下の写真)の話を紹介します。
「健二はいつも、戦地の子供たちの命を救いたいと言っていました。中立的な立場で戦争報道をしてきました。健二はイスラム国の敵ではありません。(中略)1週間前、健二に子供が生まれました。どうか、健二の命を救ってください。」
子供の大好きな後藤健二さんが、生まれたばかりの自分の子供の笑顔に会えることを、心
から願いたいと思います。
一句 : ダイヤより 世界を救う 子供の笑顔
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