全国各地で卒業式が行なわれる季節です。
卒業ソングの定番の一つに、シンガーソングライターの川嶋あいさんが作った「旅立ちの日」にという歌があります。
「🎵桜舞う 4月の教室で🎵」から始まる歌を作った川嶋あいさんは、実は2回も両親を失った、逆境のシンガーソングライターです。
今回は、フジテレビ「あいのり」の主題歌として90万枚の大ヒットとなった「明日への扉」(この原曲が「旅立ちの日にです」)を歌った<I WISH>のヴォーカルとしても知られる川嶋あいさんの生き方と言葉を、歌や本、ホームページなどから紹介します。
彼女の勇気あふれる生き方を、卒業されるみなさんに贈りたいと思います。(もちろん、卒業されないみなさんにも贈ります。)
川嶋あい(本名:川島あい)さんは、1986(昭和61)年2月21日、福岡市の生まれです。
実のお父さんは行方不明の状態で生まれ、実のお母さんはあいさんを生んだ時から体調不良で入院したため、生まれてすぐに乳児院に入りました。
あいさんが3歳の時、お母さんは病気が回復しないまま、24歳の若さでこの世を去りました。その後は、児童養護施設で育ちます。
やがて、あいさんは川島家の養女となります(川嶋姓はこの時からです)が、10歳の時に養父が亡くなり、16歳の時には、養母も命を閉じました。
わずか16歳で、川嶋あいさんは、両親を2回も失くしたことになります。
最愛の養母が話していた言葉が、「最後の言葉」という川嶋あいさんの書いた本に出ていますので紹介します。
「母さんはいつも言っていた。『あなたは私の大切な子供だよ。宝物だよ。』って。
いつも言っていた。『一緒に夢をかなえましょうね。』って。
私は天文学的確率で母さんと出会えた。奇跡だと思う。」
(川嶋あい著「最後の言葉」(ゴマブックス株式会社)より)
養母が亡くなられた2ヶ月後に、「明日への扉」がTV番組「あいのり」の主題歌になり、4ヶ月後にCDが発売され大ヒットになりました。お母さんが、天国からあいさんにプレゼントしてくれたのかも知れません。
卒業ソング「旅立ちの日に」は、「明日への扉」の原曲で、あいさんが1000回を超える路上ライブをしていた高校生の時から歌っていた曲です。2006(平成18)年に川嶋あいさんの8枚目のシングルとして発売されました。
オリコン週間は9位、2006年2月の月間順位は21位でしたが、その歌手とメロディーが支持され、全国各地の学校で卒業ソングとして歌われるようになりました。
川嶋あいさんの生い立ちを知ると、この曲の歌詞に重みが出てきますね。
高校卒業時に、幼い頃に入所していた施設でライブを開催したのをはじめ、全国各地の学校の卒業式に出向き、川嶋あいさん自身が歌っています。
歌詞の一部を紹介します。
🎵いつのまにか 時は流れ もう今日は卒業の日
人はいつか 旅立つ者だけど
いつの日にか またどこかで 会える気がするからね
輝く日々を忘れないで♪
(川嶋あい「旅立ちの日に」より)
川島あいさんは、シンガーソングライターとしての音楽活動を続ける一方で、社会貢献活動も積極的にやっています。
スタッフとともに「NGO アイ ラブ ワゴン」を立ち上げ、私財を投じてエチオピアに児童養護施設を作ったのを皮切りに、アフリカのブルキナファソやリベリア、アジアのカンボジア・バングラデシュ・インド・東ティモールなどで、小学校建設などの教育支援活動を行っています。
また、阪神大震災や東日本大震災の被災地でのライブ開催などの被災地支援も積極的に行っています。
東日本大震災から4年目にあたる2015年3月11日に、福島県文化センターで開催される「ふくしまコンサート ~復興のひびき~」にも出演する予定です。
川嶋あいさんは、まだ29歳なのに、自らの逆境に負けず、これほど積極的に活動しているのは、本当にすばらしいことだと思います。
最後に、もう1つづつ珠玉の言葉を、川嶋あいさんの本と歌詞から紹介します。
「わかったことがある。天命は変えられないけど、運命は変えられるんだって。
(中略)
人は夢があるから成長するし、人生楽しくなる。
だから伝えたい。
夢の前で立ち止まったりしていませんか?(中略)
踏み出さなきゃ 絶対何も変わらないって、今も胸に刻んでいることだ。」
(川嶋あい 著 「最後の言葉」より)
「🎵
今始まる 希望の道 今日までありがとうね
思い出の校舎と別れを告げ
今 新たな扉開き はるかな年月経て
つぼみから 花咲かせよう ♪」
(川嶋あい 作詞 「旅立ちの日に」より)
<写真:長崎県小値賀島 北松西高校の卒業式(卒業ライブを開催)>
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