桜の季節になると、 私は、白血病で倒れ帰らぬ人となった同級生のN先生(小学校の教員)のことが思い出します。
彼が亡くなって、今年で5年になりますが、満開の桜が散った後の終雪(なごり雪)やみぞれは、N先生の涙のような気がして、桜の花びらがたくさん落ちている道が淋しく見えました。
N先生は、白血病の骨髄移植を受けた直後、 「手術、無事に終わったありがとう。」というメールくれました。ところが、翌日、容体が急変してなくなりました。
両親とも学校の先生だったN君は、大人びた印象があったけど、今思えば、昔から世話好きな好青年でした。
両親とも学校の先生だったN君は、大人びた印象があったけど、今思えば、昔から世話好きな好青年でした。
N先生のことを忘れないために、亡くなった直後に作った詩を掲載させてください。
<桜の花びらでピンクに染まる川>
詩 「君の最後の授業 ~告別式」
レンゲの花咲く 川辺の葬祭場
田舎で生まれ 田舎の教壇に立った
君の人生の最後の授業 ~告別式
君の人生の最後の授業 ~告別式
たくさんの教え子と
たくさんの同僚と
たくさんの近所の人々が
黙って 物言わぬ 君の最後の授業に聞き入る
たくさんの近所の人々が
黙って 物言わぬ 君の最後の授業に聞き入る
君の生きざまが 切々と披露され
君が白血病と闘った 最後の勇気が 人々の目頭を熱くする
君の最後の生徒は 1000人を超す
君の最後の生徒は 1000人を超す
君の人徳であり 君の情熱のたまものと 脱帽した
「白血病になったことは、不幸だとは思わない。でも 不本意である。」
君の弟が披露した言葉
「メールの最後の言葉は、いつも”ありがとう”だった。」
君の上司の校長先生のお話
君の弟が披露した言葉
「メールの最後の言葉は、いつも”ありがとう”だった。」
君の上司の校長先生のお話
そんな挨拶の言葉を聞きながら
僕は 葬祭場の横を 悠々と流れる川の流れを見つめた
僕たちが 毎朝 通学で渡った このふるさとの川の岸辺に
残っていた桜の花びらが ヒラヒラと舞い落ちる
残っていた桜の花びらが ヒラヒラと舞い落ちる
田んぼには 赤紫のレンゲの花が 夕暮れの中で咲いている
こんな長閑な春の日に
君は 静かに 風になり 星になる
君は 静かに 風になり 星になる
見送る人たちの 君へのまなざしは
やさしく 愛しく
そして 尊敬に満ちている
やさしく 愛しく
そして 尊敬に満ちている
君は 人生を賭けた 最後の授業を終えて
人々の心に
やさしさと 愛しさと 思い出を残して
黙って 人生という 教壇を降りていく
人々の心に
やさしさと 愛しさと 思い出を残して
黙って 人生という 教壇を降りていく
一緒に通学していたはずの 青春の日の君と僕
でも 長い長い時が流れた今
君と僕との人生には 大きな隔たりが生まれた
君と僕との人生には 大きな隔たりが生まれた
「人生はトーナメント 負けたら終わり」
君はメールで言っていたけど
君は確かに 人生というトーナメントに勝ったんだよ
しかも 100対0で 君の完全試合だと 気づかされた
君はメールで言っていたけど
君は確かに 人生というトーナメントに勝ったんだよ
しかも 100対0で 君の完全試合だと 気づかされた
君は りっぱに 人生を卒業し
僕は 追試・留年で 残された人生を やり直す
僕たちが 青春を まっすぐに生きたこと
君が 最後まで りっぱに人生を 生き切ったこと
僕は それをきっと
語り継ぎ
書き残すからと 君に誓う
僕は それをきっと
語り継ぎ
書き残すからと 君に誓う
レンゲの花咲く この川辺の道を
さわやかな春風と やさしい夕暮れの光を浴びながら
君は霊柩車に乗って 最後の教壇を 去った
君は霊柩車に乗って 最後の教壇を 去った
「さようなら」 「ありがとう」
僕は 心の中で つぶやき手を振りながら
静かに歩き出し 「これから」を誓った
静かに歩き出し 「これから」を誓った
「人生を 卒業し逝く 君の遺影
見送る我に サクラ 舞い散る」
見送る我に サクラ 舞い散る」
私は、桜が散る季節になると、自分のやるべきことを思い出す、弱い人間です。
でも、そろそろ「人生のギアチェンジ」をしてマックスで、最高の自分(キャリハイ)を目指して、N先生の不本意な気持ちに答えなければと、思っています。
ちなみに、4月8日は「花祭り」、お釈迦様のお誕生日でした。
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