B病院の「救命救急センター」で2日間過ごした兄は、運命の判決の時を向かえました。
手術か、一般病棟か、ドクターCは静かに診断結果を兄に言い渡しました。
「お兄さんの検査結果ですが、MRI(磁気共鳴画像診断装置)検査も心臓エコーも、特に問題な血栓等は見つかりませんでした。明日、一般病棟へ移りましょう。」
緊張した兄は、思わず力が抜けたような声でいいました。
「C先生、ありがとうございます。」
ドクターCは、静かに続けました。
「ただ、まだわからない部分、特に心臓に異常があるかも知れませんので、24時間心電図ホルダーと、喉からカメラを飲んで心臓の裏側から見る検査も一般病棟でやってみましょう。」
兄は内心(えっ、無罪じゃなくて、執行猶予か。)とがっかりしました。
それでも、当面の手術回避ができてほっとして、
「わかりました。」と素直に頷きました。
翌日、兄は一般病棟に移りました。そこは2人部屋でした。
点滴、モニターはまだ体につながったままですし、新たに24時間心電図ホルダーも装着しました。
それでも、スマホの持ち込みや、有料テレビも病室についていたので、兄は大喜びでした。
おまけに、女性の看護師さんに、「この病棟では、飛び抜けて若い。」と言われて、
「俺は若いと何度も言って、大喜びでした。」
(無邪気な兄さんだわ。)
私は、兄がおかしくて、少し悲しくなりました。
兄はまだ病棟の科名を知りませんでしたが、実はそこは「脳外科病棟」で、70歳、 80歳以上の人もざらでしたので、兄さんは飛び抜けて若いのは当たり前です。
ドクターの診断は「脳梗塞(のうこうそく)の疑い」でした。
脳梗塞は、脳の血管破裂などが原因ですが、心臓に飛び火することが多い病気です。
それで、C先生は脳と心臓を重点的に検査したのでした。
<写真 血液をさらさにする効果のある点滴(黄色)>
兄が一般病棟に移って3日目の夕方、私が見舞いに行ってみると、珍しく兄はベットでぐったりとしていました。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
心配になった私が聞くと、兄はぐったりしたまま小声で言いました。
「局部麻酔で、カメラを飲んで心臓の裏側の検査をしてもらったんだけど、麻酔が奥まで効かなかったので、すごく苦しくて、麻酔も増やされてヘトヘトだ。」
そう言うと、兄はまたぐったりしてしまいました。
プツ、プッ、プッ、プッ
その時、 兄のスマホが鳴りました。
発信先を見ると、なんとブレーキとアクセスを間違え自損の交通事故で、A病院に入院中の母からでした。
「お兄ちゃん、お母さんから電話だよ。」
私はスマホをとると、兄に渡しました。
兄は、自分の気持ちを鼓舞するかのように、電話に出て、母と話し始めました。
「もしもし、母さん。大丈夫か。」
「私より、おまえも入院したそうだけど、大丈夫か。」
「ああ。僕は大丈夫だよ。母さんこそ、養生しろよ。」
「おまえも、養生しろよ。」
2人の電話の話を横で聞いていて、似たもの親子の吉本新喜劇のような会話に、私はおかしくて吹き出しそうになりました。
A病院に入院中の母とB病院に入院中の兄の入院患者同士の電話なんて、いったい、うちの一家はどんな家族なんだろう。
<写真 B病院の病棟フロアのテラス>
B病院に兄が入院して、1週間。
再び、ドクターCが兄のもとに来て、診断結果と今後の方針を伝えました。
今日は、兄と私、兄嫁、そして中一の一人息子のD君も立ち会っていました。
C先生は、静かに言いました。
「脳にも心臓にも、はっきりとした異常は見つかりませんでした。
でも、それは悪いことではありまあせん。明確に手術などで治療するほどの血栓等の異常は見つからなかったということです。
ただし、どこかに隠れた異常がないとは、限りません。
また、左手の麻痺も完全には回復していません。この病気は再発の可能性もあります。
まだまだ若いので、再発防止のためにも、3週間ほどリハビリ専門病院に入院することをお勧めします。」
「えっ、まだ入院ですか? すぐにも職場復帰したいんですけど。」
兄は不満そうに言いました。
ドクターCは、大きく首を振りました。
「ダメです。リハビリ入院しないと命の保証はできませんよ。」
「でも、仕事が----。」
なおも兄が抵抗しようとした時です。
「お父さん、あと3週間、休みなよ。」
突然、そう言ったのは、中一になる兄の一人息子D君でした。
滅多に意見を言わない彼の一言で、兄は何も言えなくなり、リハビリのためE病院へ転院することを決めました。
ということで、我が家は、母と兄が入院、父は介護支援施設に入居という、異常事態が、もうしばらく続きそうです。
◎ 格言「老いては子に従え」ならぬ「病んでは子に従え」
0 件のコメント:
コメントを投稿